海外から絵を買ったときの話

数年前の夏、母が入院した。

不安、心配、それまで母がしてくれていた分の家事、見舞い、8月のうだるような暑さ、その時期には他にも気分の沈む出来事が重なり、私は憔悴し切っていた。
(ちなみに母は1週間ほどで無事退院しました。)


ところで、私には好きな画家がいる。
新進気鋭で、都市の空気感と光の表現がとても素晴らしい絵を描く画家さんだ。
そして、その作品のいくつかは少し頑張れば手の届く値だったので、私はいつか収入が安定したら買いたいな、と思っていた。


母の入院とその他諸々で憔悴し切った私は、リビングで横になり、その画家のホームページに載っている作品群をボーッと眺めていた。
ボーッとしながらその画家の作品を扱っている画商のページを転々とし、ある一点の作品に目が止まる。

複雑な色が織り成す空を描いた一枚の絵。それはインスタグラムで一目見たときから心奪われ、ことあるごとに開いては眺めていた作品だった。

確か前見たときにはもう売れてたな…と思いながら画像をタップする。

 

売り出し中じゃん!!!

 

取り扱いは海外の画商。ドルで付けられた値を検索して計算して日本円に換算してえーと今の貯金額は…

悩んでいる間に誰かが買っちゃうかもしれない!!疲弊した脳も背中を後押しして、夜の12時前、私は購入希望のメールを送った。


絵の購入はamazonのように商品を選んで個数やら支払い方法やらをポチポチ、数日後には到着、というわけにはいかない。
結構な数のメールをやりとりし、国際送金の手続きをし、国際輸送の登録をし…何もかもが初めてのことばかり。

私は英語がからきしなのでメールのやりとりにgoogle翻訳を駆使していたが、案外それでどうにかなった。
ありがとう、google翻訳
(google翻訳直だけではちょっと不安だったので再翻訳してみたり他の翻訳サイトも噛ませてみたりしたが…。)


余談。
「日本人の名前を英語表記にする時に、今までは姓と名を逆にしていたけど、これからはそのまま姓・名の順にするよ」というニュースを見たばかりだったので、なるほどと思い画商宛のメールに私の名前を姓・名の順で書いてみたが、以降ずっとHi,(苗字)!と挨拶が添えられており、苗字が名前と勘違いされている感が否めなかった。
これから変わっていくのかな?いかないのかな?

 

 

購入希望のメールを送った日から何日だろうか、母も退院してしばらく経ち、季節が秋に変わる頃、大きな木箱が家に届いた。

木箱!

木箱だった。

ここから開ける、みたいな印も見つからず、なにか開け方があるのか?と思い検索するもめぼしい情報は得られず、ダンボールに慣れきった現代っ子の私は慌てふためいた。

海を渡ってきているし、決して安い買い物ではないのだからそれで安心なのだが、絵はとても頑丈に梱包されており、結局ドライバーで一本ずつネジを抜くことになる。
絵を買ったはずなのに、ちょっとしたDIYみたいに…。


木箱が開くと、立派な額縁に彩られたあの絵が姿を見せた。
今までJPEGであったものが物体として目の前にある!美術館でしかお目にかからないような油絵が家にある。嬉しくもあり、不思議な気持ちにもなった。

朝一番に視界に入れたいなと思い、絵はベッドの側に飾った。
この世で一番好きな絵が手元にあることは今でもちょっと不思議だ。

 

私の短所としてひとつ、「考えすぎてしまう」があり、何かをしようと思ったときに"考えすぎる"ことでやめる言い訳を見つけるのが癖になってしまっている。

考える前に行動するのも必要だと常々自分に言い聞かせているが、購入希望のメールを送ったときは疲労によって「考えすぎてしまう」が止まり、結果的に行動ができたのだと思う。


疲れて何も考えられないのは勘弁だけど、考えないことも人生を送る上ではひとつの有効な手段だ。
この脳とうまく付き合っていくためにも、考えてはいるが、考えすぎない、いい塩梅を見付けていきたいものだ。