「人生の相棒」が欲しいけれど、課題は山岳のようである

最近、ぼんやりと「パートナーが欲しい」と思うようになった。

恋人が欲しい・結婚したい、というよりは、人生の相棒が欲しい、という感じだ。

 

 

現在、弟と二人で暮らしている。数ヵ月後には一時的に別居していた両親が家に帰ってくる予定である。

 

弟とは気が合い、今の二人暮らしは気楽そのものだ。

弟は働いているため、必然的に現在無職の私が家事を担っているが、精神疾患のために最低限しかこなせない。月に何回か母に家事を頼み、それで人の住む空間を保っている。自分なりに頑張ってはいるが、不甲斐ない。

 

 

 

最近、家にいると不安が募ることがたまにある。

「不審者や強盗が来たらどうしよう」みたいな、非現実的な妄想がぼんやりと頭の中を占領し、座ったまま動けなくなったりする。

弟が家にいるとそんな妄想は起こらない。

 

弟が家を出たらどうしよう、と考える。

私は父と折り合いが悪い。弟のいない、居心地の悪い実家でずっと暮らすのか?

それとも、一人暮らしするのか。不安が募ったりするのに?そもそも収入がない。

 

そこで思い至ったのだ。「パートナーが欲しい」。

 

 

私は他人に性的惹かれがない。ロマンティック・アセクシャルである。

 

パートナーと性的関係を結びたくないので、それに無理のない相手を選ぶのならば、相手も同じような性的志向を持つ人がいいだろう。

 

アセクシャルの人口割合は1%前後のようで(諸説あり)、自然な出会いに任せるのはかなり無理がある。

一般的なマッチングアプリでアセクシャルのコミュニティに入れば探しやすいのかも…など、少しだけ調べたり、色々と考えてみたりした。

 

 

でも、もう少し自分がちゃんとしないとパートナー探しは現実的ではない、と思う。

今の私は人と対等な関係を結べるような人間ではない。私はパートナーに依存したくないし、ご機嫌取りをして欲しいわけでもない。

パートナーに私という人間を押し付けて、引き取って欲しいわけではない。

家に人がいて欲しい。居心地のいい人が。

 

 

まずは精神の安定、それから収入がないと、最低限のスタートラインにも立てない気がする。そこからいくつも何かを積み上げて、それでやっとパートナーは見つかるものだ、きっと。

 

ということで、今のところはパートナー探しなど夢のまた夢なのだ。

「親曰く、『こういうときだけ言うな』」「明るかった日々、そう、躁」他

 

・親曰く、「こういうときだけ言うな」

 

クリスマス前。

 

買い物に行く途中、リサイクルショップの前で新幹線のおもちゃを抱えた男の子が「パパだいすき」と言い、父親が「こういうときだけ言うな」と返して、男の子はフフフと笑っていた。

クリスマスプレゼントにおもちゃを買ってもらったのだろう。

 

一見微笑ましい光景だが、私は自分の幼少期を思い出した。

同じようなシチュエーションで「パパだいすき」と言い、同じように「こういうときだけ言うな」と返される。

 

父にとっては冗談、他愛ないやりとりだったかもしれないが、私はその言葉がショックだった。

なんとも扱いづらい繊細な子供だ、と自分でも思う。

 

子供は大人の想像を遥かに超えてなにも知らないものだ。適切な感謝の示しかたも知らない。

どういう行動がプレゼントに対するお礼になるか、を考えた結果の「パパだいすき」だったのだ。それは大人のおべっかとは違う。

 

かつてはみんな子供だったはずなのに、なぜそれを忘れてしまうんだろう、と思う。時間のせいだろうか。

 

 

 

 

・普遍的

 

街で並んで歩く男女を見かけると、少しゾッとする。

そこに至るまでに必要な社会性や対人スキル、生活力などを想像して気が遠くなるから。

私には持ち得ない、遠すぎるものだと感じる。

 

 

 

 

・so!

 

半年前に"抑うつが消えて健常に戻った"と錯覚するほど調子がいい時期があった。すごく体が動いて、やりたいことやできそうなことが次々と浮かんで、日々がパアッと明るかった。

 

躁だった。

 

今、当時を振り返ると、明らかに躁すぎて怖くなる。

取り返しの付かないことにまで手が伸びなくてよかった。病院を変えて適切な診断を受けられたのも……。手遅れではあるけど。

 

なんなんだ。どうなるんだ人生は。

【ナイトレイン】フロムはいつだって教えてくれる

 

ELDENRING NIGHTREIGNをやっています。

 

 

オンラインのゲームで知らない人と関わるのに抵抗があったのもあり、事前PVの雰囲気やグラフィックには興奮しつつも、あまり期待はせず発売日に購入。弟と一緒に始めた。

 

フロムゲーはソウルの系譜のゲームを何作かクリアした程度。

2年前、弟に「キャラクリだけでも」とELDENRINGを布教され、まんまとハマってしまったのがきっかけだ。

 

同じく弟に布教された遊戯王マスターデュエルでオンラインへの免疫を獲得しつつあったのも大きく、そして何より弟が一緒にプレイしてくれるので、抵抗のあったオンラインマルチプレイにもすんなり慣れることができた。

 

 

ナイトレイン、とにかく楽しい。

初めてのプレイから最初の数時間ほど、第一関門のボス、グラディウスを倒すあたりまでは、発売前の期待を大きく上回る楽しさを感じていた。

 

 

しかし、徐々に苦しくなってくる。

ゲームが…下手だ。

 

弟はゲームが上手い。

持ち前のセンスに、フロムゲーのやりこみの経験がある。

ナイトレインでもそれを遺憾なく発揮している。

 

私は弟ほどゲームが上手くない。ナイトレインにおいては足手まといだ。

それを直視し始めてからはずっと、楽しくもあったけれど、苦しさもかなりあった。

 

 

苦しさから、何度か手が離れた時期もあった。

ナイトレインはやらなければやらないほど腕が落ちる。さらに苦しくなる。

 

逆に言えば、やればやるほど腕が上がるのだ。

 

惰性でグラディウスを周回し、初心者キャリーの真似事をする日々。

何度もグラディウスを倒す。何度も。

 

何度もやっていると、グラディウスの動きが見えるようになってくる。

攻撃が避けられる。反撃のタイミングが分かる。

 

…楽しい。

 

最強候補ボスの強化個体、常世リブラも何度も周回した。勝てずに十何回、勝てて楽しくなってきてからも何回も挑んだ。

常世グラディウスも同じく、何回も何回も挑んだ。強くて難しくて、だから勝てると嬉しいし、楽しい。

 

常世リブラ、常世グラディウスは私のプレイヤースキルを鍛えてくれた。

 

 

ああ、マルギットと、マレニアと同じだ。ゴースと、ロスリックと。

 

フロムはいつだって、挑戦する苦しみと、それを越えた喜びを教えてくれる。

 

ありがとう、フロム・ソフトウェア。